「枳(からたち)」……SSブログサイト。(銀魂中心。他雑多。只今ヘタリアとかBASARAとかも。)

春の京都散歩02(太夫道中とか二条城とか) 

思ったよりも多くなったとです。
高瀬川沿い、宮川町
花街だったところです。暇ある時は毎日歩いて帰る道。今の時期は桜が美しい…。
…ハッ。思えば私、結構贅沢者なんじゃ!?毎日歴史に触れられる…っ。
宮川町

ちなみに去年の秋の高瀬川沿い
去年の秋

4/1にあった島原太夫道中
内八文字で歩く姿は美しい。今島原におられる太夫は三人だけだとか。
太夫道中01

島原太夫道中
浅田次郎の「輪違屋糸里」にも出てくる置屋「輪違屋」の太夫さんです。
今も現存されているのですよ。
太夫道中02

仮視(かし)の式
揚場が各置屋から何人かの太夫を仮に迎えて、集まった太夫を客に顔見せをする時の作法の事。
仮視の式

桜花の舞
舞姫。巫女さんと呼ばないらしいです。
巫女さんは、正式には舞女、神宮では舞姫と呼ばれる、とか?
私勉強不足過ぎる…。
桜花の舞

ちなみに。京都島原の太夫さんと江戸吉原の花魁さんを一緒くたにすると、島原の太夫さんはえらい怒らはります。島原の太夫は芸を売るおなごで、色を売るおなごとは違う、とおっしゃられます。
京都島原は公家文化から生まれた街だが、江戸吉原は武家文化から生まれた街。
京都島原太夫道中は、5~6人をお供に付けて内八文字に練り歩く。
江戸吉原花魁道中は、10人前後をお供に付けて外八文字に練り歩く。
歩き方も違うんですよねぇ…。

江戸から出てきた新撰組の一部には、島原の太夫を色を鬻ぐ吉原の花魁と同等に見てその様に扱ったりする者も居たので、えろう嫌われていた、との話もあったり。「壬生浪に芸を見せてもわからへん」と、後世に輪違屋の主人までもが述べていたり。

いかに馴染みの客であろうとも太夫の訪いを待ち焦がれなければならない。
対面したとしても「仮視の式」をまず行い、互いの見合いをし、そのあとにようやく酒宴となる。
それだけの礼儀作法と、それなりの金子が島原の太夫と遊ぶには必要。

そんな京都独特の気位の高さゆえに、晩年は衰退していったんですけどね…。後世には江戸吉原の習俗も流入してきていたらしいですし。現代においても、「花町」といえば普通に色を売る街、と思われてますしね。

銀魂の吉原編を見て、遊女達の待遇の悪さや街や遊女自体の下品さに驚いたんですが、今までの私の中の花町は「島原」のイメージがあったんですね。だから「吉原」の状況に驚いただけだったんだ。
空知センセも島原と吉原が混同してそうだなぁとちょっと思いました。でもそんな私も勉強不足だから指摘出来るほどは判らないっ。まぁ銀魂だから別に良いやっ(笑)

二条城
二条城のライトアップに行ってきた。
「大政奉還」が発せられた場所です。
二条城

二条城・桜01
二条城桜01

二条城・桜02
二条城桜02
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