「枳(からたち)」……SSブログサイト。(銀魂中心。他雑多。只今ヘタリアとかBASARAとかも。)

01 あなたは美しい 


本当に欲しいモノには触れられなくて、其の残り香ばかり探している。
──感情転移──


 ──暑い。
土方が彼の者の道場前で先ず思考した事柄は其れであった。
 脳内で響き渡る様に寒蝉の鳴く声がする。そろそろ秋の気配が感じられても良さそうな昨今だが未だ日中の気温は高く、確りと仕立てられた隊士服に恨みの念も向けてしまう。此の隊士服は機動性と防御機能を重視した結果、夏場には酷く不相応な物となってしまっていた。せめて襟元を取り巻くスカーフだけでも取ってしまいたい。其の様な心持ちに駆られるが、指で軽く引っ張るだけで諦める。服装の乱れは心の乱れにも通ずる、夏場は酷くだらしの無い恰好もしていたが、過去の自分は最早過去──等々、如何でも良い様な取り留めの無い茫洋とした思考のまま、土方は其処に立っていた。

 此方へは公私混同を避ける為にも私服で訪れようと思っていたのだ。だが、副長として多忙な日々を送っている土方が早々休暇を取れる訳も無く、約束を交わしてから早数日経過してしまっていた。此のままでは赴く事が出来るのは何時になる事やら、と危惧した土方は職務中の私的行動を咎める良心の声を此の時ばかりはと無視し、漸く訪れたのだ。
 ──其の約束とは、近藤から土方に託された或る贈り物を、或る女性へと渡す事、である。手の平の上に乗ってしまう程小振りな包み。己の無骨な手には余りにも不釣合いな愛らしい包装に包まれた其れに視線を落としつつ、土方は小さく溜息を吐いた。

 本当ならば、近藤自ら手渡しするべきであり彼自身も其れを望んでいた筈である。だが、幕府からの急な要請で彼は今登城している。十日ばかりは戻れぬだろう、との事であった。何時もながらに運の悪い男に心中で同情しつつも、ふと脳裏に数日前の情景が思い浮んだ。
「頼むトシ、お妙さんに此れを渡しておいてくれないか。頼む。」
大きな身体を縮めに縮めて、面目無さげな表情で土方に頭を下げる近藤の姿。呆れるでも無く思わず笑ってしまったものだ。土方としては、腐る物でも無しに帰ってきてからでも手渡せば良いものを、と思いそう進言もした。のだが、近藤自身の考えはそうでは無いらしい。曰く、
「差し上げたい、と思ったものは其の時其の場で直ぐにでも渡したいものなんだ。」
と。続けて
「本当は自分で渡したいんだが、そうもいかんからな。だからトシ、お願い出来ないか。」
情けない顔で笑いながらもこう云ってきた近藤に、土方は何故かは問い掛けずには居られなかった。
「…俺が代わりで良いのかよ。」
と。すると近藤は
「忙しいお前に使いなんかさせて悪い。だけどよ、大事なモンだからお前にしか頼めないんだわ。」
照れ隠しにか頭を荒く掻きながらこう云われてしまっては、近藤に甘いとの自覚が存分に有る土方には、最早反論の余地も無かった。
 そうして今に至る。如何し様も無く色惚けている局長と、如何し様も無く其の色惚けに甘い自分。苦笑しながらも土方は再び本日何度目かになる溜息を吐いた。──本当は、此処には余り、来たくは無かった、のだ。

 漠然と見上げると、視界に入るのは古びた門扉に薄汚れた看板。其処此処に罅(ひび)の入った土壁。道場内は静まり返っている。其れは其の筈だ、門下生等今の此の時代に集まる訳が無いのだから。昔は至る所に存在していた剣術道場は、今はもう数える程にしか残っていない。此処は其の内の一つ、であった。
 此の場所にあの女は今独りで住んでいるという。寂しくは無いのだろうか。ふと、そう思った。土方が昔、身を置いていた道場は何時も喧しかった。始終誰かが居て、常に人の気配が有った。小汚い芋道場ではあったが其処は生気が溢れていた、笑顔に満ちていたものだ。──だが、此処は如何だ。人の気配等聊(いささ)かもしない、此の寂れた風情。土方の居た道場とは全く異なる空気である。寂れ廃れた気配は酷く物寂しい。だが、其れでも尚懐かしい──憧憬の感情にも似た想いが湧くのは何故か。
「……あの女、結構図太いのかもな。」
 憧憬の想い、もう戻れない過去。時代の波に流された己が捨て去るをえなかった道場。其れをあの女は未だ護っているという。親の想いを引き継いで護り続けているという。其の様な事、今時流行らぬ。金にも為らないであろうに、今更何故。ゴリラにでも育てられたのかと常々思っていたが、脳味噌迄もが大層莫迦な女であったとは。と、嘲笑った。
 ──だが。
「…………結局は羨ましいのか、俺は。」
 己の其の呟きに莫迦な、と土方は吐き捨てた。同時に莫迦は俺だ、と自嘲した。過去を思い出し懐かしむ己に触れてしまった事に微かに苛立った。懐郷の念を抱いた事に不愉快となった。
 ──だから、来たくはなかったのだ。己は前だけを見ていなくてはならないのに。過去を振り返る事は心が疲弊した時だけで良い。今は其の時では無い、と。常々自戒しているのだ。──だが、土方とて其れが独り善がりな想いと拘りであるのは重々理解はしているのだが。其れに、其れだけが訪れたくは無かった理由では、無い、のだが。
 だが、土方は今は此れ等の思考から意識的に目を逸らす事にした。暫く門前で佇んだ後、漸く其の門扉を潜った。──寒蝉の声が煩い。

 ──空気中に、鋭気が漂っていた。型通りに振るわれる竹刀。鋭い呼気。そう広くも無いが狭さも感じられない庭で、彼女は剣を振るっていた。
 晒しを巻き諸肌を脱いだ女が其処に居た。彼女の肌から伝い落ち、気化し揺らめく汗の態様に艶めかしさを感じてしまい、土方は思わず視線を逸らす。少しばかりの後ろめたさを感じた。
 暫し後に彼女が此方に気付いた。
「…あら。真選組は犯罪集団?覗き見とは良い御趣味ね。」
そう云いながら、妙は手拭で汗を拭い肌を隠した。其の間中視線を遠くへ飛ばしていた土方は、漸く女に目を向ける。
「…そういうつもりは無かった。」
「冗談よ。…何か御用でも?今日は彼は来ていないわよ。」
「其の彼からだ。」
そう云って手に持っていた小さな包みを投げ渡した。土方は此の女相手には遠慮も何もしない。寧ろ普段よりも一層無愛想に応対している己に気付いている。が、今更直しはしない。近藤が恋焦がれてはいるが、唯其れだけなのだ。恋女房でも無い、唯其れだけの女に気兼ねも何もしないしする必要も無い。土方はそう考えている。
「要らないと何時も云っているでしょう。」
受け取っても迷惑だ、と暗に述べられるが土方には関係無い。貰えるモノは貰っておけ、と軽く云い放った。そしてすぐに身を翻して去ろうとした。が、唐突に妙に腕を取られた。
「迷惑ついでに、お茶でも飲んで行きなさい。」
睨み付けられながらそう云われてしまっては、観念するより他は無かった。

 昼下がりに暢気にも茶を啜り合う男女。俺は一体何をしに来たのだろう、土方はそっと嘆息する。近藤が妙に贈ったモノは小さな貝殻の中に入った紅。あの人にしては気が利く、と内心感心した。が、妙は然程感銘も受けていない模様に見えて、土方は報われない近藤を思って胸中でまた嘆息しながら茶を啜る。
「貴方は綺麗ね。」
唐突に告げられた妙の言葉に、土方は思わず茶を噴き出した。何を云うのだ此の女は、と、噎せながらも驚愕の余り瞳孔も開いてしまう。
「綺麗よ。」
未だ云うか、と暫し睨み付けるものの此の女には効果が無い。土方は疲れた様な溜息を吐き出した。
「…綺麗なんざ、男に使う言葉じゃねェだろ。」
「でも、綺麗よ。」
そう云いながら、妙は小貝に乗った紅を小指に取った。そして其れを土方の唇に近づけてすっと、其処をなぞった。紅い跡が土方の薄い唇に付いた。土方は其の行為を唖然としたまま甘受していたが、怒りの気持ちが沸々と湧くのを押さえられなくなり、湯飲みを手荒な挙動で卓上に置いた。
「…貴方が付けると、まるで血の様ね。良く似合うわ。」
「…如何いう意味だ、莫迦にしてんのか。」
「いいえ?」
「男が、んなモン──」
云いながら、手の甲で唇を不快気に拭う土方を見詰めながら、妙は呟く。
「いいえ。……鬼には血の色は良く映えるから。」
唇を拭う手が止まる。互いに見詰め合った。空気が、止まった気がした。暑い。熱が籠る。汗が背筋を伝い落ちる。寒蝉の鳴く声も聞こえぬ。無音。──息が喉から漏れ出る音だけが響いた。
 双方どちらから近づいたかは判らない。だが、何時の間にか二人は顔を寄せ、そして。
「…上等だ、鬼に喰われたいか。」
「貴方が食べられる側かもしれなくてよ。」
「ハッ…此んなモン付けてやがる女共は皆、元より鬼だ。…男は喰われるばかりだ。」
荒々しく唇を重ね合った。

「欲望を押し隠している男は綺麗。だけど、何時も其れじゃいっそ総て暴いてやりたくもなる。」
 土方の上に圧し掛かり、スカーフを解き、隊服を剥ぎ取りながら妙は云った。女にしては強い力で土方の手首を掴んで、畳に押し付ける。土方とて、無論女に押し倒される趣味は無い。が、妙が如何様な行動を取るのかには興味が湧き、薄く笑みながら彼女を見上げた。主導権は未だ土方に有る。余裕は失ってはいない。面白い、と感じた。
「別に禁欲装っている訳じゃねェ。買い被り過ぎだ。」
土方はそう応じながら、相手の身体をワザとらしくもイヤらしい目付きで眺めていく。柔らかそうな唇から細首、華奢な肩から柳腰にかけてを、粘つく視線で見下ろしていく。年頃の女ならば嫌悪を感じるであろう、雄の目付きでだ。だが、妙は一向に気にも留めずに続けた。
「違う。」
「…?」
「貴方が隠しているモノはそんなモノじゃないでしょう。」
妙の云わんとしている事が掴めずに土方は眉根を寄せた。妙は更に続ける。
「貴方は私と一緒よ。」
「……。」
「……本当に求めているモノには手を伸ばせないのね。」
妙はそう云って、土方の手首の内側の薄い皮膚に、爪を立てる。
「……ッ。」
「世間体に囚われている。友情という名の鎖に縛られている。親友だからだとか、同性だからだとか、そういう枠組みに自分を押し込めている。」
土方は眉根の間の皺を深くした。一体此の女は何を。
「……。」
「……気付いていないと思ってた?」
──何を。
「…な、に…?」
──何を。何を。何を。
「莫迦な男。何時も彼を見ている癖に。」
──まさか。
「……!」
 押し倒されていた姿勢から一転身を返し、土方は妙の上に馬乗りとなった。だが体勢は逆転はしたが、主導権は、もう。混乱する思考の中で土方は妙を見下ろす。気付かれていた。気付かれていたのか。何時から、何時。
「テメー…何、ほざいてやが、る。」
「まだしらばっくれるのね。」
其れなら其れでも良いわ、と妙は息を吐いて土方の首に細腕を絡めて囁く。
「彼が求めている私に触れて、如何?」
「……ッ。」
「罪悪感?…其れとも、優越感、かしら。」
「……!」
云われて今更罪の意識を感じた。欲に流されたが此の女は近藤の焦がれている人。だが身を引きかける土方を巧みに捕らえて妙は放さぬ。
「…オイ。」
「私は優越感を感じている。」
「…ハ?」
「あの人は、最近何時も貴方を見ているから。」
「……ハ?」
「ざけんなよ。」
「……ハ、ハァ?」
「だから、お前を襲ってやる。」
「オ、オイ、意味が良く…ッ」
「男同士でイチャコラしやがって。」
「…ハァ!?」
 何の事だか皆目検討も付かないと、土方は混乱した。妙の云う『彼』、とは己の敬愛するかの人、の事であろう。認めたくは無いが気付かれている。己の此の、感情に。彼を求める己の浅ましい欲望に。押し隠しひた隠し続けていた筈の此の想いに、此の女は気付いている。──だが、『あの人』とは誰の事だ。
 混乱した面持ちで妙を見遣った。何時も俺を見ている?そんな奴が何処に──だが、其処で気付く。此の女の云っているあの人とは。──銀色の幻覚が脳裏を過ぎった。──最近頻繁に遭遇するあの男。いがみ合う事しかしない如何にも掴み処が無く共に居ても腹が立つだけ、けれども何故か心がざわめく、相手。だが、如何やら気に入られては居るらしい。そして土方自身も、嫌い、では無い、相手。
──何だアンタ、アイツの事を。
「…ックク…。」
「…何が可笑しいの。」
「…あァ、俺達は莫迦だ。大莫迦だ。」
「……。」
「嫉妬かよ。」
「……。」
「莫迦過ぎだ。」
「貴方もでしょう。」
「俺ァ、んな女々しい事ァしねェ。」
「……けれど、彼が欲しいのでしょう?」
違うそんな穢れた想いでは無い、と土方は云いたかったが、今更かもしれぬと口を噤んだ。ほとほと女とは怖いものだ、渋い顔で妙を睨め付ける。
「……。」
「なら一緒よ。」
「……共犯者か。」
「……えぇ。」
 妙が笑う。其れに釣られて土方も笑みを浮かべた。同様の不敵な面魂(つらだましい)を浮かべて二人で嗤い口付け合う。そうして、後は唯絡み合った。

「わ…ッたしは、父親を求めて、る。」
「けれど、あの人は、違う、わ。」
「何時かまた、出て行くの。掴み処が無い、そういう、人、だ…かッ──」
「もう、黙れ。」
「貴方、は…何時まで我慢出来る、の?」
「黙れ。」
「…崩れる所が見物、だわ…其の時は…ッ」
「黙れ。」
「笑ってやる、から…ッア!」
「…其れはお互い様、だ…ッ。」


 ──此処に来るのは厭だったのだ。此の女と自分は何処か似ているから。同病相哀れむ、傷の舐め合いに引き込まれるかもしれぬ己に自信が無かったから。そして矢張り引き摺られた。心を焼く罪悪感と、ほんの少しの優越感、そして多大なる快楽。幾多に押し寄せる其の波に流されて、二人は唯絡み合い貪り合った。

 本当に欲しいモノには触れられなくて、其の残り香ばかり探している。そして彼等は、求めているモノからまた、遠ざかる。
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2009/08/03(月) 21:38:09 | | # [Edit]

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